コラム~女性医学の紹介~

【パート5】現代のホルモン療法がたどり着いた現在地

更年期(45〜55歳頃)

2026.02.20

はじめに

みなさん、こんにちは。
ホルモン補充療法(HRT)の歴史をたどるシリーズ、今回がいよいよ最終回となります。

1966年の『永遠の女性』ブームによる熱狂から一転、HRTへの評価をどん底に突き落としたのが、2002年の「WHIショック」でした。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)が行った大規模な臨床試験(WHI)が、「健康上のリスクが得られるメリットを上回る」として突如打ち切られたのです。乳がんや心臓病、脳卒中のリスクが高まるというニュースは世界中を駆け巡り、HRTは魔法の薬から一転して「危険な治療法」として敬遠されるようになりました。
しかし、歴史の振り子はそこで止まりませんでした。現在、HRTは再び安全な治療法として見直されています。その評価がどのようにして反転したのか、現代の医学的見解を解説します。

誤解を解いた「タイミング仮説」

WHIショックの後、研究者たちは膨大なデータを詳細に再分析しました。そこで浮かび上がったのは、試験に参加した女性たちの「年齢」という見落とされがちな事実でした。

当時の参加者の平均年齢は63歳で、閉経から10年以上経過している人が多く含まれていました。すでに動脈硬化が進んだ血管に対して急にホルモンを投与したことが、心臓病などのリスクを押し上げた大きな要因だったのです。

現在では、閉経から10年以内、あるいは60歳未満の早い段階でHRTを開始すれば、血管への悪影響はなく、むしろ健康上のメリットがリスクを上回るという「タイミング仮説」が世界の医学界の共通認識となっています。開始する時期さえ間違えなければ、HRTは決して恐ろしいものではないことがデータによって証明されたのです。

飲み薬から、肌から吸収する薬へ

かつて主流だったのは、口から飲むタイプの錠剤でした。しかし、飲み薬は胃腸から吸収されて肝臓を通る際、血液を固まりやすくして血栓(血の塊)のリスクをわずかに高めるという弱点がありました。
現代の医療現場では、パッチ(貼り薬)やジェル(塗り薬)といった「経皮吸収型」の薬が広く普及しています。これらは皮膚から直接血管にホルモンを届けるため、肝臓への負担が少なく、血栓のリスクをほとんど上げないことがわかっています。薬の投与ルートを変えることで、副作用のリスクを大きく引き下げることに成功したのです。

天然型ホルモンへの移行

使われるホルモンの種類も見直されています。
過去の治療では、馬の尿由来のエストロゲンや、化学的に合成された強力な黄体ホルモンが使われており、これが乳がんリスクに影響したと考えられています。

現在主流になりつつあるのは、人間の卵巣が分泌するホルモンと全く同じ分子構造を持つ「天然型(バイオアイデンティカル)」のホルモンです。特に、子宮内膜を守るために併用する黄体ホルモンを天然型にすることで、合成型に比べて乳がんリスクへの影響をより低く抑えられることが示唆されています。

現代の結論

半世紀以上にわたる熱狂とパニックの歴史を経て、ホルモン補充療法は「永遠の若さを約束する魔法」でも、「絶対に避けるべき毒薬」でもないという、冷静な結論に落ち着きました。
現在のHRTは、年齢や体質、抱えているリスクに合わせて、薬の種類や量、投与方法を細かく調整する治療へと進化しています。過剰な期待も不必要な恐怖も手放し、客観的なデータに基づいて自分に合った選択をする。それが、長い歴史から私たちが学んだ教訓と言えるでしょう。

更年期の不調に悩んでいる方は、最新の知識を持つ医師と相談し、自分にとって最適な選択肢を探ってみてください。シリーズを最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献
WHI研究の初期報告(2002年)
論文名:Risks and benefits of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women: principal results From the Women’s Health Initiative randomized controlled trial. (JAMA)

ロソウ博士らによるWHIデータの年代別再分析(2007年)
論文名:Postmenopausal hormone therapy and risk of cardiovascular disease by age and years since menopause. (JAMA)

マンソン博士らによるWHIの長期追跡報告(2013年)
論文名:Menopausal hormone therapy and health outcomes during the intervention and extended poststopping phases of the Women’s Health Initiative randomized trials. (JAMA)

ホディス博士らによるELITE試験(2016年)
論文名:Vascular Effects of Early versus Late Postmenopausal Treatment with Estradiol. (New England Journal of Medicine)

この記事の監修

中村 久基

白山レディースクリニック院長

信州大学医学部卒業。
カナダクイーンズ大学Cancer Research Lab、
東京大学産婦人科医局、NTT東日本関東病院、
長野県立こども病院総合周産期母子医療センターなどを経て現職。
日本産婦人科学会専門医・母体保護法指定医、他。
女性の一生を通じた健康サポートに取り組んでいる。

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