
ホルモン補充療法の80年史:神話、パニック、そして2025年の夜明け【パート1】
2026.01.14
はじめに
みなさん、更年期のケアについてどう感じていますか?
「ホルモン療法(HRT)」と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか。
「若さを取り戻す夢の薬」?
それとも「がんになるかもしれない怖い薬」?
実はこのHRTの歴史、まるでジェットコースターのように評価が激変してきたんです。
ある時は「不老不死の妙薬」と崇められ、ある時は「悪魔の薬」と忌み嫌われ……。
そして2025年、ついに米国FDA(食品医薬品局)が重大な決定を下し、この長い物語に一つの「ハッピーエンド」をもたらそうとしています。
今回は、そんなHRTの波乱万丈な80年史と、最新科学がたどり着いた「答え」について、5つのパートに分けてじっくりお話しします。
1960年代以前、「更年期」が発見されるまで
~「我慢するしかなかった時代」から、不思議な「若返りブーム」へ~
今でこそ、「更年期」といえば「ホルモンバランスの乱れ」が原因だと分かっており、婦人科で相談したり、漢方やホルモン療法を受けたりすることができます。しかし、昔の女性たちはどうしていたのでしょうか?
実は、少し時計の針を戻すと、そこには女性たちの不調が「誰にも分かってもらえない」、あるいは「ちょっと変わった扱い方をされていた」長い歴史がありました。
今回は、更年期という言葉すらなかった時代から、お薬が登場する1960年代までの、驚きのエピソードをご紹介します。
じっと耐えていた「沈黙の時代」
19世紀よりも前の時代、女性の寿命は今よりずっと短く、閉経を迎えることは「人生の晩年」を意味していました。
もちろん、長生きする女性もいましたが、顔がカーッと熱くなる(ホットフラッシュ)ことや、夜眠れない、イライラするといった不調は、病気だとは思われていませんでした。お医者さんに相談しても、
「気のせいでしょう」「ヒステリーですね」
と言われたり、「年をとったんだから仕方ない」と片付けられたり……。辛い症状があっても「女性なら誰でも通る道」として、一人でじっと我慢するしかなかったのです。
1821年、ついに「名前」がついた!
そんな状況が変わるきっかけになったのは、1821年のこと。
フランスの医師ガルドンヌという人が、「メノポーズ(Menopause)」という言葉を初めて作りました。
これは「月(Men)」と
「停止(Pausis)」を組み合わせた言葉です。それまで単に「生理が止まること」としか呼ばれていなかった現象に、医学的な名前がついたのです。「名前がつく」というのは、とても大きな一歩でした。
これによってお医者さんたちがようやく、「これは研究して、治療すべきことなんだ」と認識し始めたからです。
まるで魔法? 驚きの「若返り」実験
19世紀の終わり頃になると、医学の世界で不思議なブームが起きます。
「老いを防いで若返ろう!」という研究です。きっかけは1889年、72歳の有名な学者ブラウン・セカール博士の発表でした。
彼はなんと、「動物の睾丸(こうがん)から採ったエキスを自分に注射したら、若返った!」と言い出したのです。
今考えると「思い込み(プラセボ効果)」だった可能性が高いのですが、当時の人々は「減ったものを補えば若返るんだ!」と大興奮しました。
これがきっかけで、女性に対しても「卵巣のエキス」を使う実験が始まりました。
ちょっとびっくりするような話ですが、これが今の「ホルモン療法」の遠いご先祖様になったのです。
1942年、画期的なお薬「プレマリン」の登場
そして1942年、アメリカでついに現代につながる画期的なお薬が発売されました。
「プレマリン」というお薬です。
この名前、実は「妊娠したメスの馬の尿(Pregnant Mare Urine)」からきています。
馬の尿から見つかった成分が、女性の更年期症状に劇的に効くことが分かったのです。
飲めばホットフラッシュは治まるし、骨も丈夫になる。「これは魔法の薬だ!」と、医師も女性たちも喜びました。
しかし、このお薬が広まった背景には、今の私たちから見ると「ちょっとどうなの?」と思ってしまうような、当時の社会の考え方が隠れていました。
「夫のために」治療する? 当時の不思議な常識
1940年代から50年代のアメリカは、「男性は仕事、女性は家庭」という役割がはっきりしていた時代です。
当時のプレマリンの広告には、こんなキャッチコピーが踊っていました。
「この薬のおかげで、妻がまた『一緒に暮らして愉快な存在』になりますよ」
薬を勧める相手が、辛い思いをしている女性本人ではなく、「イライラした妻に困っている夫たち」だったのです。
当時は、「更年期を治療しないと、女性としての魅力がなくなる」「夫に愛され続けるために、いつもニコニコした若々しい妻でいなければならない」というプレッシャーが非常に強い時代でした。お薬のおかげで体は楽になりましたが、それは「自分の健康のため」というよりは、「夫や家族にとって都合のいい妻でいるため」という意味合いが強かったのかもしれません。
まとめ:そして現代へ
1960年代には、ホルモン療法は当たり前のものとして定着しました。
「我慢するしかなかった」時代から、
「お薬でケアできる」時代になったことは、間違いなく大きな進歩です。
でも、その根底には「老いることへの極端な恐怖」や「男性目線の女性らしさ」という、少し窮屈な価値観も混ざっていました。
女性が「自分の人生を快適に過ごすため」に治療を選べるようになるには、もう少し時間がかかります。
そしてこの後、ホルモン療法は「万能薬」としてもてはやされた後、2000年代に入ってからある研究発表によって、大きなショックを受けることになるのです。(パート2へ続く)
References
Watkins, Elizabeth Siegel. (2007). The Estrogen Elixir: A History of Hormone Replacement Therapy in America. Johns Hopkins University Press.
Houck, Judith A. (2006). Hot and Bothered: Women, Medicine, and Menopause in Modern America. Harvard University Press.
Mattern, Susan P. (2019). The Slow Moon Climbs: The Science, History, and Meaning of Menopause. Princeton University Press.
Gardanne, Charles de. (1821). De la ménopause, ou de l’âge critique des femmes. Paris: Méquignon-Marvis.
Brown-Séquard, C. E. (1889). “The effects produced on man by subcutaneous injections of a liquid obtained from the testicles of animals”. The Lancet, 134(3438), 105–107.
Stefanick, M. L. (2005). “Estrogens and progestins: background and history”. The American Journal of Medicine, 118(12), 64–73.
月~金19時、土曜13時半まで診察
- この記事の監修
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中村 久基
白山レディースクリニック院長
信州大学医学部卒業。
カナダクイーンズ大学Cancer Research Lab、
東京大学産婦人科医局、NTT東日本関東病院、
長野県立こども病院総合周産期母子医療センターなどを経て現職。
日本産婦人科学会専門医・母体保護法指定医、他。
女性の一生を通じた健康サポートに取り組んでいる。
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