コラム~女性医学の紹介~

【パート2】ホルモン補充療法の80年史:1966年、『永遠の女性』が作り出した神話と熱狂

更年期(45〜55歳頃)

2026.01.20

はじめに

みなさん、こんにちは。
「ホルモン補充療法の歴史」をたどるシリーズ、第2回をお届けします。

前回は、ホルモンという物質が発見され、医学の光が当たり始めた黎明期のお話をしました。しかし、ホルモン補充療法(HRT)が単なる治療法を超え、社会現象と呼べるほどの広がりを見せたのは、もう少し時代が下ってからのことです。

時計の針を、今から約60年前、1966年へ戻してみましょう。

日本ではビートルズが来日し、日本武道館で歴史的なコンサートを行った年です。若者たちが新しい音楽と価値観に熱狂していたその裏側で、アメリカでは、成熟した女性たちの人生観そのものを揺さぶる一冊の本が出版されました。

その本の名は「Feminine Forever」。
日本では「永遠の女性」という邦題で紹介されました。

この一冊が生み出した神話と、その熱狂、そして背後で静かに動いていた巨大な力について、今日はお話ししていきます。

産婦人科医 ロバート・A・ウィルソン

著者は、ニューヨークで活躍していた産婦人科医、ロバート・A・ウィルソン。
彼は、当時多くの女性が抱えていた「老いへの不安」に、医学という言語で答えを出そうとしました。

しかし、その主張は、現代の私たちの目から見ると、かなり過激です。

ウィルソンが繰り返し訴えたのは、
「更年期は自然な老化ではなく、治療すべき欠乏症である」という考え方でした。

彼は著書の中で、次のように述べています。

menopause is a deficiency disease, like diabetes, that can be prevented and cured.

更年期は糖尿病と同じような欠乏症であり、予防も治療も可能である、という意味です。

インスリンを補充する糖尿病患者と同じように、閉経後の女性も失われたホルモンを補えばよい。そうすれば、病から解放される。
この比喩は、多くの医師と女性の心に強く響きました。

恐怖と救済を同時に与える言葉

ウィルソンの言葉は、さらに踏み込みます。
彼は閉経後の女性について、次のような表現を用いました。

The unpalatable truth must be faced that all postmenopausal women are castrates.

直訳すれば、閉経後の女性は去勢されたも同然である、という意味です。

今この言葉を読むと、強い違和感や怒りを覚える方も多いでしょう。
しかし、ウィルソンの戦略は、恐怖を与えると同時に、救済を提示することでした。

「でも、心配はいりません。
ホルモンを補充し続けさえすれば、女性は一生、若々しく、美しく、魅力的でいられるのです」

しわを防ぎ、肌の張りを保ち、気分の落ち込みを防ぎ、夫婦関係さえ円満にする。
そのすべてが、小さな錠剤ひとつで叶う。

若さや女性らしさが今以上に重視されていた時代、このメッセージは多くの女性にとって、まさに福音のように受け取られました。

数字が語る、社会現象の規模

この本は瞬く間にベストセラーとなり、医療現場にも大きな波を起こします。

1960年代半ばから1970年代半ばにかけて、アメリカにおけるエストロゲン製剤の使用量は、短期間で倍以上に増加しました。

1975年には、代表的なエストロゲン製剤であるプレマリンを含む薬剤群が、全米で最も頻繁に処方される薬の上位に達したと報告されています。

特定の年齢層の女性が使用する薬が、風邪薬や鎮痛薬と肩を並べる。
これは、単なる医療の流行を超えた現象でした。

さらに、1970年代初頭の疫学調査では、閉経世代女性の約45%が、少なくとも一度はホルモン療法を使用した経験があると推計されています。

2人に1人。
HRTはもはや治療ではなく、新しい健康習慣として受け入れられていたのです。

ベストセラーの裏にあった現実

しかし、これほど都合の良い話には、影が差します。

後年の医学史研究によって明らかになったのは、ウィルソンが関与していた研究財団が、製薬業界から総額約130万ドル規模の資金提供を受けていたという事実です。
現在の価値に換算すると、その額は数倍から十数倍に相当すると考えられます。

支援の中心にいたのは、エストロゲン製剤を製造・販売していた企業でした。

更年期を病気と定義し、不安を喚起し、その解決策として薬を提示する。
それは医学的主張であると同時に、極めて洗練されたマーケティングでもありました。

ウィルソン自身が、女性を救いたいという信念を持っていた可能性は否定できません。
しかし、そこに巨額の資金が動いていたことも、また事実です。

なぜ法的に問題にならなかったのか

「それは違法ではなかったのか?」
当然、そう思われるでしょう。

結論から言えば、ウィルソンはこの件で法的責任を問われることはありませんでした。
1960年代当時、医師と製薬企業の金銭的関係に関する利益相反のルールは、現在ほど厳格ではなかったのです。

また、この本は広告ではなく、医師個人の著書として出版されていたため、薬事広告規制の直接的な対象にもなりませんでした。

彼は時代の寵児として1981年に生涯を閉じます。
しかし、この時代に生まれた歪みは、やがて大きな転換点を迎えます。

神話が残した、もう一つの遺産

1970年代、エストロゲン療法と特定の健康リスクとの関連が社会問題化します。
これを受けてFDAは、エストロゲン製剤に患者向け説明書(Patient Package Insert)を義務づける方向へ舵を切りました。

副作用やリスクを、医師だけでなく患者本人に直接伝える。
現在では当たり前となったこの仕組みは、エストロゲンをめぐる論争が、制度化を後押ししたと評価されています。

過去の過ちは、現在の安全を守るルールへと姿を変えました。

崩れ始める魔法

こうしてホルモン補充療法は、「女性を救う魔法」として黄金時代を迎えます。
しかし、魔法は永遠ではありません。

1970年代後半、この神話は少しずつ揺らぎ始めます。
次回は、その最初の試練――副作用の発覚と社会の混乱についてお話しします。

「永遠の女性」が描いた夢は、どのように現実と衝突したのか。
次回も、ぜひお付き合いください。

この記事の監修

中村 久基

白山レディースクリニック院長

信州大学医学部卒業。
カナダクイーンズ大学Cancer Research Lab、
東京大学産婦人科医局、NTT東日本関東病院、
長野県立こども病院総合周産期母子医療センターなどを経て現職。
日本産婦人科学会専門医・母体保護法指定医、他。
女性の一生を通じた健康サポートに取り組んでいる。

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